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森です

前回は「ゴッホ」のなんたるかを説明しようとして
(そしてまったく説明しないまま)終わってしまった。

そんな折だ。
金曜日(祝)に私は県道31号線を鳥栖へと向かっていた。
だけどいつもより車が多くてなかなか進んでくれない。

いったい何ごと?
といぶかしんでいたら、
それは大宰府のゴッホ展へ向かう人たちの群れだった。

ゴッホの魅力のすごさを予期せぬ形で思い知らされた。
もうゴッホはいい。

今回こそ、ポール・デルヴォーさんに登場してもらう。

ポール・デルヴォー(Paul Delvaux)。
よく知らない人もいると思うから、どんな人物か、まずは写真で紹介しよう。
こんな人

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あ、間違えた。これはダリさんだった。
これはダリだ?なんつってなぁ(広川太一郎ふうにな)。

しかしダリさんはいつ見てもすごい顔芸だなぁ。

デルヴォーさんはこちら
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クリント・イーストウッドにDr・フランケンシュタインを足して
そこに天本英世をフリカケたようなこの人こそ
Paul Delvaux(ポール・デルヴォー) (2回目)

ベルギーのシュールレアリストである。
激しくV字にひらけた胸元がセクシー。

ここでこっそり教えるが
私はシュルレアリスム絵画が好きである。
世間にあまり知られていない私の一面だ。

シュルレアリストといえばダリマグリッドが代表選手だが、
ポール・デルヴォーはその次、三番手くらいに紹介される人だ。

さあここで、
「ってか、シュルレアリスムってなによ?」
「痩せる体操かなんか?(シュッとリアルスリムとか)」
と思っているあなたのために、
ごく簡単にシュルレアリスムの説明をします。
あくまで、ごくざっくりとです。
詳しく説明しろと言われてもムリだからナ。

シュルレアリスムとは1924年にフランスの詩人アンドレ・ブルトンが提唱し
絵画だけでなく、文学、写真、映像と、
いくつもの芸術分野にまたがって高まりをみせた芸術運動だ。

その性格は、
「無意識ってものに、重大な意味があるんじゃね?」
というアイデアに基づいている。
これは当時革新的だった、フロイトの精神分析学
基づいた考えである。

ではシュルレアリスムの画家たちは
フロイトの精神分析学の影響のもと、
それまでとどう違った作品を描きだしたのだろうか。

それまでの絵画は、万人に賛同を求めるような
そういった意識のもとで描かれていた。
誰が見ても「きれいだねー」「すごいねえ」と共感できる
ものを主題にして絵を描いていたのだ。
たとえば美しい風景やら景色やら、宗教的な美談だとか
そんなものだ。
作家は多くの人が共感を得やすいような主題を選んでいた。

それが近代になってくるにしたがい、
「もっと個性をだしてもいいんでないか?」
という風潮が高まってきた。
みんなが「きれーい」といものより、自分が「いいじゃん、これ」というもの、
そんなものを自由に描いてみるのもありなんじゃね?
という感じで盛り上がっていった。

印象派などはその典型で
それまでの「見たまま忠実に」描く絵から
「感じたように」描く、つまり受けた印象をそのまま描くこと、
そこに美を認めるようになった。

つまり近代では、
今までのいろんな伝統やらルールに縛られずに
「好きなようにやろうぜ!」
という盛り上がってたわけだ。

そんなときフロイトが現れた。
彼の精神分析学は各方面に大きな衝撃を与えた。

人々は知らされた。
どうやら自分たちには「無意識」の部分があって、
それが自分たちの性格や行動にかなり影響を与えているらしいぞ、と。
「それってすっげえ斬新!」
「説得力もあるよな!」
という評判で、この考えに傾倒する人が多数出た。

その考えを採用して拡まったのが、シュルレアリスム運動というわけです。
シュルレアリスムの根本には、フロイトの影響がある。

「無意識のもの(夢とか)あるいは、無意識状態で生じるものにこそ、
意識下(目覚めている)のもとではでてこない、人間の真実があるんでないかい?」
と考えた。

シュルレアリストの画家たちはその思想の可能性を追求した。
意識をなるべく排除したときでてくる個人の性向を
それをそのまま絵として採用しちゃおうよ!
Youそうしちゃいなよ!(←ジャニーさん?)

というような運動が
シュルレアリスム運動です。

どうでしょう、こんな解説で、
長げえよ!
とおっさる方のために
上述の文章を縮めてみるとつまり!

「無意識よりの嗜好に美を求める」
っつーことです。
人間の自由と可能性を探った運動とうわけです。

たとえば、
シュルレアリスムの代表選手・ダリの画風はこんなの
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有名な溶ける時計のモチーフです
非常に隠喩的ではあるが、解説なしでは正確な意味はわからん。
だけどどこかしら妖しげな美しさが感じられる。
彼は夢(無意識)にでてきたままの景色を描いたりもする。
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十字架が翳されるが、かつての宗教画がもっていた「美」とは違った方向から
作品作りがされている。

ついでにマグリッドさんの画風も紹介しとく。
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ダリよりは現実寄りだが
だけどどちらも現実的にはありえない状況だ。
従来のみんなが共感できる理屈抜きの「美しさ(花とか天使とか)」を追求することじゃなく、
自分の内面を表現することに重きがおかれている。

シュルレアリスムは「フェチズムの暴露」のような性格も強いってことです。

「あたしって〇〇フェチなのー」
と、フェチは合コンで盛り上がる話題のひとつだが
シュルレアリストはそれを芸術にまで昇華してる輩なのである。
リスペクトである。
だからといって、ダリが合コンにいっても、もてるとは限らないが・・・
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そしてそして
ここにきてやっと出ました!
シュルレアリスとのなかでも私がとくに好きな
デルヴォーさんの作風。
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デルヴォーのフェチはとてもわかりやすい。
彼には、繰り返し繰り返し採用されるモチーフがいくつかある。

古代ローマやギリシアの町並み、白い肌をした裸体の女性。
そしての絵の左にいる
片方だけの眼鏡をかけた紳士もよく出演する(彼には名前までつけられている)。
この絵はなんと、福岡市立美術館で見ることができる。
みんな福岡に集まれ!!

そのほかにデルヴォーが好んだものは、鉄道や海、ドクロ、などなど。
彼の作品はどれも静謐で、幻想的で、そしてノスタルジックだ。
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いかがでしょう。
どれも静謐で、妖しく、そしてどこかノスタルジックな雰囲気だ。

画家は自分のフェチを知り、その源泉を理解することで
さらなる自覚を持ってさまざまなフェチを組み合わせていく。

自己のもっとも濃密な部分を、キャンバスに出現させようと試みる。

伝記などを読めばフェチをもつに至った理由なんかもわかって、
絵を観る楽しみも増しまっせ。

デルヴォーの絵は子供時代の思い出や憧れを、そのまま素直に
出現させたような味わいがある。
難しい理屈が隠れていそうで、
それでいて実際はとてもシンプルなものだと、私はそう思っている。

デルヴォーは子供のようにお気に入りのものを並べて、
自分が望む王国をつくっている。
もちろんその組み合わせ方にこそ、芸術家としての彼の個性があるのだが。

さて
私はなぜ、その王国を好むのだろう。
ダリやマグリッドではなく、なぜデルヴォーなのか。
その「なぜ」を掘り下げていくと、
今度はそれまで知らなかった自分の内面について、気づくことができることがある。

一粒で二度おいしい、絵画の愉しみ方である。

みなさんも自分の好みを考えて、
「なんで自分はそれが好きなのか」を考えてみてはいかがでしょう。
自分のことがもっとよくわかるかもしれません。


さてシュルレアリスムの説明はこれくらいにして、
今回はベルギーの「デルヴォー美術館」に行ったときのことを
書こうと思っていたけど
前回につづいて今回もまた、前置きが長くなりすぎてしもうた。

次回こそは書く!
ポール・デルヴォー美術館がある
Sint-Idesbald(シント・イデスバルト)の様子をお届けしたいと思っておる。
ベルギーの地方都市への旅。
次回をお楽しみに。

今回はこれで。
では。
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