上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
世界一周の旅に出発して
100日が経ちました。


前回は、子供の労働について書きましたが
海外の子供の労働について。

今回は、アジア、アラブからヨーロッパにはいって感じた変化を
書こうと思います。

たくさんの国を横断していくにすれて
風景や人、文化も変わっていきますが

こちら側の変化としては
喋る機会が減っていったというのがあります。

アジア、アラブ諸国では、
歩いて入れば誰かが声をかけてくるものです。


休んでいれば誰かが寄ってくる。

それは客引きだったり、

好奇心や暇つぶしの人たちだったり

財布の中身を狙う悪人だったりしますが

とにかくいつも、よく話しました。
そしてよく怒り
よく笑いました。

日本は
社会の細部までマニュアル化、システム化が進んでいます。

しかし外国ではそうじゃない国が多い。

個人商店が多いので
生活するときに、人と人とのコミュニケーションが必ず生じます。

交渉や衝突が起こるわけです。
なにしろ、みんな自分の好きなようにやりたがりますから

いつでも誰かにむかって
何かを訴えたり、交渉したり、合意したり決裂したりする。

共感したり、反発したりする。

ときにはそれが疲れます。

しかしストックホルムでは、
社会機能はシステマイズされているので
とくに交渉なしに、物事は無事に進んでいきます。

そうなると、かつてのアラブやアジアなどの
あのお喋りな日々が、
今になってみれば、懐かしく感じてきます。

生活しているだけで、刺激にはこと欠きません。

個人的な感想ですが
そうやって町の人たちと話す機会が多かったのは
ギリシアまで

そこからヨーロッパに入ってからは
極端に話す機会が減りました

商品は定価があるから交渉の必要はない(交渉してもほとんど効果がない)
交通機関はオートマティック化されています

それに話しかけてくる人もいない

みんな相手のプライバシーを守っています

それはつまり、
自分のテリトリーを守っているということでもあります。

自分のテリトリーを守ることが尊重されている社会では
ルールが多い

買い物でのルール、
交通機関でのルール
公共の場でのマナーなど
いろんなルールが存在します

ヨーロッパの個人主義は
自分の思うやり方で仕事をする上での
起こるだろう混乱を想定して、
それを予防するルールをあらかじめ用意している

そういったところが、
アジア諸国との違いでしょうか

みんなそのルールの中で、自分の思う通りにやる
そのルールの整備され具合が、
アジアとヨーロッパの差かも。

日本ももちろんアジアですが、
アジアの中ではかなり特殊だと感じています。

日常の些細なルールが
とても多いと感じます。

慣習や常識やマナーの種類が、ほんとうにたくさんある

海外で生活していて
日本を思い出してみると
日本は生活のこまごまとしたところまで、
すべてルールばかりといった印象です

だからこそ安全で、
便利に暮らせるという良い面があります。

何が良いか、
あるいは何が好きかは
その人の感じ方しだいということですね。

私としては、
もう少しルールを減らしてもいいんじゃないかと
そう感じたりもします


なぜなら
あまりに縛りつけすぎると、ダイナミズムも、
そこから派生するユニークさもなくなる
面白味がすくなくなる気がするんですね

たまには言いたいことを言ったり、
やりたいことをやって、
すっきりしてみてはどうでしょうか

新しい自分が見つかるかも?

今日はこのへんで
今から北極圏へ行くレンタカーを探しに行きます
ではまた
関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。